世界時計

2015-03-20

第19回、通訳やガイドの時の営業的な感覚

 毎年三月上旬にはメッセ・ベルリンにおいてITB Berlin(ベルリン国際ツーリズム・マーケット展)という展示会が開催される。メッセ・ベルリン日本代表部のホームページによると、「ツーリズム産業におけるバラエティ豊富な商品とサービスが世界中から集結し、様々な会議やイベントも行われる国際的な見本市」とある。実際に世界中の観光地の担当者や旅行代理店が出店している。 
 メッセ・ベルリンでの業務はよくあるが、今回の私の役回りは、商談やPRのために日本からお越しのお客様のブースにいて、状況に応じて通訳をするということだった。商談の時には普通に通訳をしたが、単に旅行に興味があるという一般来場者に対しては、ある程度私が一人でしゃべる機会があった。同じような中身を数回通訳していればセールスポイントなどは大体覚えてしまうので、風変りな質問が出ない限りは、私の方でドイツ語か英語ですべてお話してしまうのである。もちろんこれはお客様との信頼関係がある限りでの話である。特に土曜日は一般来場者がとても多く、ああでもしないととてもさばききれなかった。 
 大体はこんな感じである。「これまでは東京から新幹線で京都やさらにその先まで行くパターンが多かったのですが、約一週間後に開通する北陸新幹線を使えば、これまでは訪れにくかった北陸の各県を回れます。京都から北陸新幹線の終点の金沢駅までは電車で二時間ぐらいであり、そこからその新幹線で二時間半ぐらいかけて東京に戻ることも可能です。」この話にさらに具体的な観光スポットの紹介を加えていき、十日から二週間でその辺りを回る場合のシミュレーションをしてあげると、皆さん「面白そうだ」という顔をしてうなずいてくださる。 
 旅行に興味のある方々は、やはり外国人と話したり異文化と触れ合うのが好きなのだろう。「京都はかつては天皇陛下が御住みになられていた貴族的な文化の町であるのに対し、この辺りの町には侍の文化が残っています。」「おお、サムライですか。」「一口に日本文化と言っても色々と系統があるのです。」「なるほど。」「ここにある世界遺産では日本ならではの部分を味わえます。」「中々よさそうですね。」「ドイツで寿司を食べる場合はマグロとサケが多いですが、日本海側のこの辺りでは数百種類の魚を堪能できます。」「それは凄いですね。日本はやっぱり寿司の本場ですね。」 
 内容的には通訳をしているときに覚えたことをその場に応じてアレンジしているだけだが、何度も話しているとまるで自分が考えた中身であるかのような気がしてくる。私自身は実はまだその場所に行ったことがないので、こうして日本語で書いていくと、どうも「嘘」をついたような気がしてくる。でもドイツ語や英語で話す限りは、「最終的には自分は日本からのお客様の話をただ訳しているに過ぎない」という具合に割り切れる。私が一人で話すと言っても、所詮は通訳業務の延長なのである。もっとも、営業の仕事においては自分の実体験とトークの内容を区別するのが当然ではあるが。 
 今回は一般来場者にアンケートの記入をお願いするという任務があったが、こうして旅行の仕方や文化の話を一通りした後で、「五分から十分ぐらいのアンケートがあるのですが、お時間はありますか」と伝えると、九割ぐらいの確率で皆さん参加してくださった。一緒にこの業務を受けていた方からも「するするとアンケートに誘導されている」というコメントを頂いたので、客観的に見てもうまく行ったのだろう。 
 私は普段は人に話しかけることがそんなに得意というほどでもないのだが、こういう営業的な任務の時には俄然やる気が出る。これは大昔に住友信託銀行(当時)に在籍して営業の仕事をしていたからだろう。あのときの「新規飛び込み」の感覚に近いのである。あとは、現代国語の教師の経験などから、人に色々説明して理解させることがそもそも好きなのかもしれない。 
 営業的な感覚についてとなると、ガイドの仕事にもそういう要素があることに気づく。私が接するお客様は日本の旅行代理店などでそのツアーの参加代金を支払っている。私の役目というのは、その商品購入が正しかったことをお客様に納得していただくこととも言えるからである。これらは既先(既に取引のある会社)への対応に近い。また、ベルリン州の代わりにベルリンという「商品」の素晴らしさをアピールするという側面もある。 
 日本にいて営業の仕事をしていた時には、まさかベルリンに住みながら営業トークをすることになるとは思いもしなかった。自分自身の基礎作りということを意識しながら住友信託に入社したのだが、わずかな期間ではあっても一応は身についたのだなと思う。あのときご迷惑をおかけした方々には、この場を借りてお詫びと感謝の気持ちを捧げたい。

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