1997年より南ドイツのフライブルク、1999年よりドイツの首都ベルリンに在住。現実と哲学の関係が一つのテーマ。ガイドや通訳業務などでのこぼれ話や、国語についての話なども。大体10日から2週間に1度の更新予定。コメントをくださる方は公開されるまで一日か二日ぐらいかかりますのでお待ちください。各記事の下にあるラベル(例えば哲学、文学、生き方、ドイツの政治経済、観光など)をクリックすると、同じラベルの記事が表示されます。
世界時計
2020-06-22
第42回、中国から離れつつあるドイツ、その4
2020-06-05
第41回、欧米諸国内でのドイツの立ち位置、その1
私の見る限りの最近のベルリンではウイルスへの恐怖心は大分収まって来ました。レストランやカフェの店内では1.5メートル以上のソーシャルディスタンスが継続し、バスや電車に乗る際にはマスク着用が義務付けられていますが、そんなに神経質な雰囲気はないです。感染者数の伸びも落ち着き、また新しい環境に適応したということもあります。とは言えヨーロッパ圏内での移動制限解除後までは油断は全くできないのですが。メルケル首相からはソーシャルディスタンスを守ってほしいというメッセージも出ています。
これまで三回にわたって「中国から離れつつあるドイツ」という表題で書いてきましたが、当分は特別の動きはないと予想しています。とりあえずこの約二週間については目立った動きを見つけられませんでした。ドイツ国内に中国との関係を継続したい人々は多数いるとしても、そのためにドイツがNATOやEUと対立することはないでしょう。さりとて積極的に中国を批判することはせず、他国がするならばドイツも中国に賠償請求する程度でしょう。中国の情報公開が遅かったという点については、メルケル氏もドイツのメディアも終始一貫しています。
今後はドイツと中国の関係ではなくドイツと他のヨーロッパ諸国及びアメリカとの関係が重要になりそうです。ドイツがもたつき、フランスなどの他のEU参加国が活発になると想像しています。そこで「欧米諸国内でのドイツの立ち位置」という表題を立てました。
この観点から最近の情勢を振り返るならば、最大の出来事はやはりメルケル首相がG7サミットの際に渡米しないという件でしょう。アメリカの政治ニュースサイトのポリティコが「メルケル首相がトランプ大統領のG7サミットへの招待を拒否」(脚注1)という記事を配信し、ドイツのDPA通信がそれに触発された記事をドイツの各新聞に配信し、日本のメディアはその両方を確認しながら報道しているようです。
DPAによる配信の例としてドイツのウェルトの場合をまず見てみます。5月30日付の「メルケルはG7サミット出席のための訪米をしない予定」(脚注2)という記事です。丁度その重要な部分が「メルケル首相、トランプ氏招待に応じず G7首脳会議」(脚注3)という日経新聞の記事に要約されているので、それをここに引用します。「独DPA通信によると、メルケル首相はトランプ氏の招待には感謝するものの、現在の感染状況などを考慮すればワシントンを訪問して会議に参加することは難しいと考えているという。感染状況が大幅に改善すれば態度を変える可能性も残るが、全首脳が参加する形での会議開催の見通しは極めて険しくなった。」
私は別に両紙を批判するつもりではないのですが、これではなぜメルケル氏が訪米しないのかがよくわかりませんでした。パンデミックの終息までは対面式の会議をしないということなのか、アメリカの防疫は全く信用できないということなのか、単にトランプ大統領が嫌いだからなのか。さすがにこの最後は違うでしょうが、とにかく腑に落ちませんでした。そこでいろいろ確認していくうちに、結局大元のポリティコに辿り着きました。「大西洋両岸の事情を知っている複数の当局者への取材」から得られた情報が多く、非常に充実しています。他のメディアは多分このポリティコの独自取材の部分に頼らないように記事を編集しているのかもしれませんが、とにかく英語の読める方は是非一読をお勧めします。以下ではドイツとアメリカ、アメリカとフランスの関係についての論点だけを和訳しながら拾っていきます。
第一に、メルケル氏の態度表明の背景について書いてありました。メルケル氏とトランプ氏の間にはこれまでNATOの問題や気候変動の問題などの点で意見の食い違いがあり、それを踏まえて両氏は「今週」(つまり5月25日の月曜日以降に)電話会談を行ったそうです。米国の匿名の高官によると、ここでもNATOや独ロ間のガスパイプライン、ドイツと中国との関係についての不一致がさらに鮮明になったそうです。
この点については例のアメリカ側とヨーロッパ側の事情に通じている当局者への取材に基づく補足説明があります。今回は年次のサミットに欠かすことのできない準備が不十分であり、特に貿易と気候変動の論点ではサミットにおけるトランプ氏との交渉は難航することが予想されていたそうです。
第二に、メルケル氏の訪米取りやめの理由そのものについてです。メルケル氏が7月に66歳になるという健康上のリスクが指摘されています。またメルケル氏が研究者であったことから、6月の対面会議に対して特に慎重なのではないかという点も出ています。6月のブリュッセルでのEUベースでのサミットについても対面交渉に反対しているという補足もありました。
最後に、アメリカとドイツもしくはEU諸国との関係という点では、アメリカ大統領選挙との絡みがあります。複数の当局者によると、ヨーロッパのG7リーダーはトランプ氏に有利になるような写真撮影をすることへの懸念を持っているそうです。
以上より、基本的にはメルケル氏の訪米取りやめは健康上の問題から来ていると言えそうです。5月30日付の「独メルケル首相 G7サミットでの米訪問見合わせへ
新型コロナ」(脚注4)というNHKの報道によると、メルケル氏は「テレビ会議形式などでの参加を模索する」らしいです。場所がどこであれ、現状では対面式の会談は却下という考えのようです。
問題はトランプ氏との関係です。やはりギクシャクしているようです。さらに上記の流れでリモートによる会談が実施される場合、意思疎通は余計に厳しくなるように思います。
このポリティコの記事にはマクロン大統領についての情報も含まれています。今度はそれを確認して行きます。
複数の当局者によると、トランプ大統領はメルケル氏がサミットへの出席に躊躇していることに腹を立て、「木曜日」(多分5月28日)にマクロン大統領に電話をかけたそうです。その結果がホワイトハウスから発表され、両者はG7召集の重要性を確認し、グローバルな問題と二国間の問題について話し合ったそうです。
まさに意気投合といったところでしょう。トランプ大統領がマクロン大統領をヨーロッパ側の窓口と見なそうとしている、または本当にそうなることを期待していることは明らかではないでしょうか。
私個人は、現状ではドイツの経済力とメルケル首相のG7サミット出席年数の長さから、ドイツがヨーロッパ側のリーダーになっていると理解しています。しかしメルケル氏は再選しないという意思を公にしているため、任期は2021年で切れます。経済面でも中国依存で突進し続けたつけがこれから来そうです。
ということで、このままドイツが状況を静観していくならば、フランスが外交力でステップアップするという図式が浮かんできます。これはポリティコの記事とは関係ない話ですが、もう一つ付け加えると、ポツダム会談のときには本会議以外の時間においても重要な論点が話し合われました。メルケル首相がリモートで参加する場合、雑談めいた形での各国首脳との非公式での話し合いの機会は半減するのではないかと心配になります。
この記事の最後には、ある一人の当局者の個人的な意見が出ています。他のEUリーダーはメルケル氏を支持し、トランプ氏のサミットへの参加が好ましくないとメルケル氏が考えるならば、メルケル氏に従うだろうとのことです。果たして本当にマクロン氏は、任期切れのメルケル氏に追随して、千載一遇のチャンスを見送るのでしょうか。
中国に対していち早く事実上の嘘つき呼ばわり(「第39回、中国から離れつつあるドイツ、その2」を参照)をしたマクロン大統領は着々とトランプ大統領との信頼関係を築いています。これに対し、中国を積極的には突き放せずまたトランプ大統領との相性が悪いというメルケル首相の動きの遅さが目立ちます。もうちょっと何とかならないものかなというのがドイツに二十年以上住んでいる私の感想です。祖国は日本でもやはりドイツに対する愛着もあるのです。
本当はここまで書いてアップロードするつもりでしたが、EU圏内でドイツが単独で付加価値税(消費税)を一定期間下げるという経済対策が昨日つまり木曜日に発表されました。これでEU内のドイツの立ち位置はさらに難しくなりそうです。(2020年06月05日)
脚注1:
ttps://www.politico.eu/article/angela-merkel-rebuffs-donald-trump-invitation-to-g7-summit/
脚注2:
ttps://www.welt.de/newsticker/dpa_nt/infoline_nt/brennpunkte_nt/article208639193/Merkel-will-nicht-fuer-G7-Gipfel-in-die-USA-reisen.html
脚注3:ttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO59798830Q0A530C2FF8000/
脚注4:ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20200530/k10012451911000.html