世界時計

2020-06-22

第42回、中国から離れつつあるドイツ、その4

一つ前の第41回の冒頭に、当分は「中国から離れつつあるドイツ」という表題では書かないだろうと予告していたのですが、考えが変わりました。メルケル首相から重要な声明が出るようなことは当分ないと思います。つまり、外交や政治の部分では当分動きはないでしょう。しかし、経済の面での動きはありそうです。中国を切り離すという意味でのデカップリングがあるかどうかはチェックしていくことにしました。

ドイツにライプチヒという町があります。ゲーテのいた町として観光的にも有名ですが、ここで9月にEU中国サミットという会議が開かれる予定でした。ところがコロナウイルスのために延期となりました。この件に関する記事については、EURACTIVEという独立系のEU政策専門サイトの記事が発端になっているようなので、これを見ていきます。原文は英語です。「コロナウイルスのためドイツでの中国EUサミットが延期」という64日付の記事(脚注1)です。
この件についてはドイツ政府が63日に発表したとあります。メルケル首相が中国の習近平主席とチャールズ・ミシェルEU大統領にそれぞれ電話をしたそうです。「パンデミックを考慮すると予定の日時での会議の開催は不可能だが、スケジュールを再調整すべきであることに彼らは同意した」というドイツの報道官の発言が引用されています。「詳細についてすぐに同意が得られるだろう」とのことです。
この記事は全部で七つの段落から構成されていますが、六段落にはドイツの立場が説明されています。「メルケル首相は、71日から6か月間にわたりドイツがEU議長国を務めることを利用して、中国とのブロックの関係を強化することを望んでいた。 しかし、コロナウイルスとその社会的および経済的影響、さらに環境問題との戦いが今や努力の焦点になるとメルケル氏は言った。」
最後の七段落にはEUの立場が解説されています。「EUはサミットを利用して、ヨーロッパ企業に同等の待遇を与え、中国で操業する外国企業にノウハウの共有を強制することを止めるという昨年四月の中国の約束を守るように、中国に求めるつもりだった。」
この昨年四月の中国の約束というのはEUと中国との投資協定のことで、まさにその頃に出た日経新聞の「投資協定20年までに妥結を、EU・中国首脳会議が合意」という次の記事(脚注2)に説明がありました。「EUには中国の通商政策への不満が強い。事前協議では公平な通商や投資環境の整備を主張。中国は前向きな表現に難色を示し、進展がなければ声明を出すべきではないとの声が欧州各国から上がっていた。結局、声明には投資協定の妥結時期や『産業補助金の国際ルールの強化に向けて議論を深める』と明記された。トゥスク氏は記者会見で『補助金に関して中国と合意できた』と強調。李氏も『中国は外国企業向けにビジネス環境を改善する用意がある』と語った。」
したがってメルケル首相の立場というのは、今回のサミットで投資協定を締結し、そうすることによって「中国とのブロックの関係を強化することを望んでいた」ということになります。
このEU中国サミットの背景についてはドイツのニュース週刊誌のシュピーゲルがすでに530日の記事で取り上げていました。以下ではこの記事の英語版(脚注3)から重要な箇所を簡単に拾っていきます。メルケル氏はこのサミットが「行われることを是が非でも望んでいる。」「9月の会議は米国と中国との競争関係におけるヨーロッパとドイツの役割を定義することになるが、もちろん中国側に立つのでは全くないとしても、それは北京との集中的な対話の中での話であって、ドイツにとって伝統的なアメリカ同盟国からはかなり離れている。」「ベルリンはまた、中国の孤立化を図るトランプのファンではない。アメリカ大統領は最近、中国とのすべての関係を遮断するという脅迫さえしている。それでいてドイツは『デカップリング』の政策に参加する準備ができていない。」こういう背景のもとでメルケル氏は、EU議長国の立場からアメリカと相対的に距離を取りつつ中国との関係を策定しようと試み、そしてその肝心の会議が延期になったということです。
この件については615日にAFP通信から配信された「マースは可能であれば年末までにEU中国サミットを取り戻すことを望んでいる」という記事(脚注4)がその後の推移について伝えています。ドイツのマース連邦外務大臣は、「北京と話し合うべきことがたくさんあるため」、年末までにこのサミットを開催したいという意向を示しました。記事の最後の部分を引用します。「EUは中国に対し、『公正な投資及び貿易条件、香港の立場と状況に関する部分を含む国際条約と義務の遵守、そしてもちろんコロナウイルスとの戦いにおける透明性を』期待していると彼は述べた。」そして、「これは、『ヨーロッパとアメリカが目的を共有する場合にのみ』達成できる」という発言もあったそうです。

やはり経済面でのドイツと中国の結びつきは深いです。安倍総理はいち早く中国から脱出を試みる企業へのサポートを表明しましたが(「第37回、中国から離れつつあるドイツ」を参照)、そういう兆候は今のところドイツには微塵もありません。また、このサミット関連の記事にはパンデミックに関する中国批判や賠償金の話なども全く出ていません。
一番重要な観点は、アメリカと中国の板挟みになっているドイツが、どちらをより根本的なパートナーと見なしているのかでしょう。すると、やはりEUNATOに留まることの方を大前提とし、その上で何とか中国との関係をそれに相応しいものに調整すべく努力しているという印象です。逆ではないでしょう。したがって基本的には中国から離れつつあるドイツということにはなると思います。
経済の面では、ドイツとしてはアメリカや他のEU諸国による中国批判が強まる前に、EU議長国として基本的な枠組みを作っておきたいところでしょう。マース連邦外務大臣から出たヨーロッパとアメリカの目的の共有というのは、今のところは中国問題に関するアメリカとEU諸国との対立の克服という文脈で理解できます。しかしEU中国サミットの開催がさらにずれ込むと、そもそもドイツ以外の国が中国批判で一致しそうです。そろそろドイツもこの場合のシミュレーションを想定しておいた方がいいと思いますが。

脚注1
ttps://www.euractiv.com/section/eu-china/news/china-eu-summit-in-germany-postponed-due-to-coronavirus/
脚注2
ttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO43553460Q9A410C1FF2000/
脚注3
ttps://www.spiegel.de/international/europe/a-foreign-policy-conundrum-merkel-and-the-eu-trapped-between-china-and-the-u-s-a-cd315338-7268-4786-8cf7-dc302c192e5d
 脚注4
ttps://www.msn.com/de-de/nachrichten/politik/maas-will-eu-china-gipfel-m%C3%B6glichst-bis-jahresende-nachholen/ar-BB15vds6

2020-06-05

第41回、欧米諸国内でのドイツの立ち位置、その1

私の見る限りの最近のベルリンではウイルスへの恐怖心は大分収まって来ました。レストランやカフェの店内では1.5メートル以上のソーシャルディスタンスが継続し、バスや電車に乗る際にはマスク着用が義務付けられていますが、そんなに神経質な雰囲気はないです。感染者数の伸びも落ち着き、また新しい環境に適応したということもあります。とは言えヨーロッパ圏内での移動制限解除後までは油断は全くできないのですが。メルケル首相からはソーシャルディスタンスを守ってほしいというメッセージも出ています。

 

これまで三回にわたって「中国から離れつつあるドイツ」という表題で書いてきましたが、当分は特別の動きはないと予想しています。とりあえずこの約二週間については目立った動きを見つけられませんでした。ドイツ国内に中国との関係を継続したい人々は多数いるとしても、そのためにドイツがNATOEUと対立することはないでしょう。さりとて積極的に中国を批判することはせず、他国がするならばドイツも中国に賠償請求する程度でしょう。中国の情報公開が遅かったという点については、メルケル氏もドイツのメディアも終始一貫しています。

今後はドイツと中国の関係ではなくドイツと他のヨーロッパ諸国及びアメリカとの関係が重要になりそうです。ドイツがもたつき、フランスなどの他のEU参加国が活発になると想像しています。そこで「欧米諸国内でのドイツの立ち位置」という表題を立てました。

 

この観点から最近の情勢を振り返るならば、最大の出来事はやはりメルケル首相がG7サミットの際に渡米しないという件でしょう。アメリカの政治ニュースサイトのポリティコが「メルケル首相がトランプ大統領のG7サミットへの招待を拒否」(脚注1)という記事を配信し、ドイツのDPA通信がそれに触発された記事をドイツの各新聞に配信し、日本のメディアはその両方を確認しながら報道しているようです。

DPAによる配信の例としてドイツのウェルトの場合をまず見てみます。530日付の「メルケルはG7サミット出席のための訪米をしない予定」(脚注2)という記事です。丁度その重要な部分が「メルケル首相、トランプ氏招待に応じず G7首脳会議」(脚注3)という日経新聞の記事に要約されているので、それをここに引用します。「独DPA通信によると、メルケル首相はトランプ氏の招待には感謝するものの、現在の感染状況などを考慮すればワシントンを訪問して会議に参加することは難しいと考えているという。感染状況が大幅に改善すれば態度を変える可能性も残るが、全首脳が参加する形での会議開催の見通しは極めて険しくなった。」

私は別に両紙を批判するつもりではないのですが、これではなぜメルケル氏が訪米しないのかがよくわかりませんでした。パンデミックの終息までは対面式の会議をしないということなのか、アメリカの防疫は全く信用できないということなのか、単にトランプ大統領が嫌いだからなのか。さすがにこの最後は違うでしょうが、とにかく腑に落ちませんでした。そこでいろいろ確認していくうちに、結局大元のポリティコに辿り着きました。「大西洋両岸の事情を知っている複数の当局者への取材」から得られた情報が多く、非常に充実しています。他のメディアは多分このポリティコの独自取材の部分に頼らないように記事を編集しているのかもしれませんが、とにかく英語の読める方は是非一読をお勧めします。以下ではドイツとアメリカ、アメリカとフランスの関係についての論点だけを和訳しながら拾っていきます。

 

第一に、メルケル氏の態度表明の背景について書いてありました。メルケル氏とトランプ氏の間にはこれまでNATOの問題や気候変動の問題などの点で意見の食い違いがあり、それを踏まえて両氏は「今週」(つまり525日の月曜日以降に)電話会談を行ったそうです。米国の匿名の高官によると、ここでもNATOや独ロ間のガスパイプライン、ドイツと中国との関係についての不一致がさらに鮮明になったそうです。

この点については例のアメリカ側とヨーロッパ側の事情に通じている当局者への取材に基づく補足説明があります。今回は年次のサミットに欠かすことのできない準備が不十分であり、特に貿易と気候変動の論点ではサミットにおけるトランプ氏との交渉は難航することが予想されていたそうです。

第二に、メルケル氏の訪米取りやめの理由そのものについてです。メルケル氏が7月に66歳になるという健康上のリスクが指摘されています。またメルケル氏が研究者であったことから、6月の対面会議に対して特に慎重なのではないかという点も出ています。6月のブリュッセルでのEUベースでのサミットについても対面交渉に反対しているという補足もありました。

最後に、アメリカとドイツもしくはEU諸国との関係という点では、アメリカ大統領選挙との絡みがあります。複数の当局者によると、ヨーロッパのG7リーダーはトランプ氏に有利になるような写真撮影をすることへの懸念を持っているそうです。

以上より、基本的にはメルケル氏の訪米取りやめは健康上の問題から来ていると言えそうです。530日付の「独メルケル首相 G7サミットでの米訪問見合わせへ 新型コロナ」(脚注4)というNHKの報道によると、メルケル氏は「テレビ会議形式などでの参加を模索する」らしいです。場所がどこであれ、現状では対面式の会談は却下という考えのようです。

問題はトランプ氏との関係です。やはりギクシャクしているようです。さらに上記の流れでリモートによる会談が実施される場合、意思疎通は余計に厳しくなるように思います。

 

 このポリティコの記事にはマクロン大統領についての情報も含まれています。今度はそれを確認して行きます。

複数の当局者によると、トランプ大統領はメルケル氏がサミットへの出席に躊躇していることに腹を立て、「木曜日」(多分528日)にマクロン大統領に電話をかけたそうです。その結果がホワイトハウスから発表され、両者はG7召集の重要性を確認し、グローバルな問題と二国間の問題について話し合ったそうです。

まさに意気投合といったところでしょう。トランプ大統領がマクロン大統領をヨーロッパ側の窓口と見なそうとしている、または本当にそうなることを期待していることは明らかではないでしょうか。

私個人は、現状ではドイツの経済力とメルケル首相のG7サミット出席年数の長さから、ドイツがヨーロッパ側のリーダーになっていると理解しています。しかしメルケル氏は再選しないという意思を公にしているため、任期は2021年で切れます。経済面でも中国依存で突進し続けたつけがこれから来そうです。

ということで、このままドイツが状況を静観していくならば、フランスが外交力でステップアップするという図式が浮かんできます。これはポリティコの記事とは関係ない話ですが、もう一つ付け加えると、ポツダム会談のときには本会議以外の時間においても重要な論点が話し合われました。メルケル首相がリモートで参加する場合、雑談めいた形での各国首脳との非公式での話し合いの機会は半減するのではないかと心配になります。

この記事の最後には、ある一人の当局者の個人的な意見が出ています。他のEUリーダーはメルケル氏を支持し、トランプ氏のサミットへの参加が好ましくないとメルケル氏が考えるならば、メルケル氏に従うだろうとのことです。果たして本当にマクロン氏は、任期切れのメルケル氏に追随して、千載一遇のチャンスを見送るのでしょうか。

 

中国に対していち早く事実上の嘘つき呼ばわり(「第39回、中国から離れつつあるドイツ、その2」を参照)をしたマクロン大統領は着々とトランプ大統領との信頼関係を築いています。これに対し、中国を積極的には突き放せずまたトランプ大統領との相性が悪いというメルケル首相の動きの遅さが目立ちます。もうちょっと何とかならないものかなというのがドイツに二十年以上住んでいる私の感想です。祖国は日本でもやはりドイツに対する愛着もあるのです。

 

本当はここまで書いてアップロードするつもりでしたが、EU圏内でドイツが単独で付加価値税(消費税)を一定期間下げるという経済対策が昨日つまり木曜日に発表されました。これでEU内のドイツの立ち位置はさらに難しくなりそうです。(20200605日)

 

脚注1

ttps://www.politico.eu/article/angela-merkel-rebuffs-donald-trump-invitation-to-g7-summit/

脚注2

ttps://www.welt.de/newsticker/dpa_nt/infoline_nt/brennpunkte_nt/article208639193/Merkel-will-nicht-fuer-G7-Gipfel-in-die-USA-reisen.html

脚注3ttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO59798830Q0A530C2FF8000/

脚注4ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20200530/k10012451911000.html