世界時計

2020-05-20

第40回、中国から離れつつあるドイツ、その3


先週の金曜日からレストランとカフェが復活し、私も再び通い始めました。最近は天気もいいです。このこと自体はとても喜ばしいのですが、街行く人々の警戒心の緩みは明らかです。当面の山場は六月以降のヨーロッパ各国での国境制限解除でしょう。

さて、「中国から離れつつあるドイツ」という題名で二度出しました(417日と54日)。この観点から見て印象的だったのは、AFP通信の510日の次の記事です(脚注1)。「独BMW、中国・瀋陽市の新工場に44億元投資へ」。この表題を見た時には、BMWはこんな時期に中国での新工場建設を計画したのかと受け取りました。ところがこの記事をよく読むと、「新工場の本棟」の建設とあります。そもそもこれは中国の新華社通信の記事の転載で、そしてこのメディアはトランプ大統領が「報道機関ではなく中国政府の政治活動団体と一方的にみなしている」通信社です(ウィキペディアの「新華社」を参照)。
そこでドイツ語の情報を探したのですが、ドイツの新聞社の記事としては発見できませんでした。その代わりに今度は人民日報のドイツ語版の514日の記事にたどり着きました(脚注2)。見出しを訳すと、「BMW中国、パンデミックにも関わらず急速な発展」となります。これによると、この話は既に存在している工場の拡張工事でした。この記事の冒頭を訳出します。「COVID-19のパンデミックとそれに伴う景気後退という背景のもとに世界中の工場が操業を停止した。 しかしBMWグループは別の道を歩んでいる。同グループは中国でのプロジェクトを決然たる態度で継続している。 このBMWの信頼はどこから来ているのだろうか。」そして後半には、瀋陽市そしてそこを含む遼寧省政府が全面的にバックアップしてきたとあります。その結果としてBMWと中国企業の合弁会社である華晨BMWCEO、ヨハン・ヴィーランド博士は、「パンデミックとの戦いでの中国への勝利に信頼を寄せるようになった」とまとめています。これでは自画自賛です。ヴィーラント氏に取材してこの言葉を語ってもらうべきでした。
「新工場の本棟」を建設することによって全体を拡張するということですから、やはり以前から決まっていた計画であることが窺えます。それをこの期間に急遽決まった新計画であるかのように読ませようとしています。ここに中国の焦りが見て取れます。上記のAFP通信の記事には、「BMWの自動車販売台数が最も多い国は中国となっており、19年には72万台を販売した」とあります。以前のドイツならばどこかの新聞社がこの件についてしっかりと取り上げ、これでまたBMWの中国市場における更なる成功が期待されると報道したかもしれませんが、今はそれどころではないということでしょう。

今度はドイツ側です。まずはロイター通信の日本語版の記事で、日付は18日です(脚注3)。「ドイツ人の対米感情、新型コロナ契機に悪化=世論調査」という見出しで、主要部分は次の通りです。「調査は1000人のドイツ人を対照に実施。その結果、回答者の73%が新型コロナをきっかけに対米感情が悪化したと回答。一方、中国に対する感情が悪化したとの回答は36%だった。」実に興味深い調査結果ではあります。イギリスの通信社であるロイターがアメリカについて取り上げたこの記事は、ドイツのベルリン発となっています。そこでイギリス版、アメリカ版さらにドイツ版のロイターの記事の中にこれに該当するものがあるかと調べてみたところ、残念ながら見つかりませんでした。私の誤解でない限りでは、この記事のニュースバリューについてのロイター通信自身による低い評価がここから透けて見えます。特にこのパーセンテージはどの程度正しいのかが疑問です。
この記事には「中国との関係強化を望んだ回答者は36%で、前回の24%から上昇した」という文面もあります。これについては、その雰囲気を感じることのできる報道がありました。517日午前10時のドイツ公共放送ARDのニュースです(脚注4)。「コロナウイルスへのドイツの反応」という項目で、ドイツの二つのメディアの記事をこのARDが紹介するというものです。かいつまんで言うと、ドイツはコロナウイルス発生の初期段階で過小評価していた、中国の情報政策が不十分ということもあったが、ドイツ政府は一週間早くロックダウンするべきだったということです。これはもちろんドイツ政府の対応への批判ですが、しかしうがった見方をするならば、中国に対してそっちも遅かったけれどこっちも遅かったと言っているようにも取れます。つまり、一番の要因は中国で次にドイツ政府という言い方には聞こえ難く、どちらかと言えば喧嘩両成敗になっています。したがって、中国政府および中国との利害関係の強いドイツ人への忖度が想像されるわけです。
このように見ていくと、先のロイターの記事はある程度正しいと思います。反米親中のドイツ人が増えている可能性はあります。ここまでドイツは中国との結びつきで経済的に成功してきたので、トランプ大統領がそのシステム全体を壊そうとしていると危惧するドイツ人は少なからずいるでしょう。もっとも私としては、そのシステムを含む世界全体のシステムを壊してしまったのがそもそも中国だと解釈していますが。
さて、反米親中のドイツ人の増加をどう考えるかについてですが、一つの方向性は中国依存をせずにドイツが生き残れるビジョンをドイツ人が持てるかどうかでしょう。先のロイターの記事の最後には次のようなまとめがあります。「ケルバー基金の国際問題専門家、ノラ・ミューラー氏は『米国に対するドイツ人の懐疑的な見方が高まっている。これは懸念される傾向であり、米独双方の指導者にとって考えさせられる課題だろう』と述べた。」もしこの意味が、新しいドイツの政治経済システムのイメージを米独双方の指導者がドイツ人に提示できるかどうかということならば、全くその通りです。
もう一つの方向性はドイツの中国依存の継続です。そしてBMW中国の工場拡張についての先の記事の中に、そのことを渇望している中国の姿勢がありありと見て取れます。もしヴィーラント氏が中国メディアの取材を拒否していたのならこれは大ごとですが、この点については公開されている情報からはまったくわかりません。いずれにせよ、少なくともパンデミックが収束するまでは民間レベルでのドイツの状況ははっきりしないだろうと想像しています。
ドイツ政府については、この二週間の範囲では対中国という文脈で目立った動きは感じられませんでした。フランスの場合はマクロン大統領が中国からの要請を蹴って台湾に兵器を売却したという事例があります。ドイツとフランスを中核とするEUがキャスティングボードを握る可能性が高いこともあり、現状のドイツは、アメリカと中国との対立において一番いい条件で勝ち馬に乗ることを目指している印象です。
(元々この記事は520日に出しましたが、22日に大幅に加筆修正しました。)

脚注1ttps://www.afpbb.com/articles/-/3282287
脚注2ttp://german.people.com.cn/n3/2020/0514/c209065-9690534.html
脚注3
ttps://jp.reuters.com/article/health-coroanvirus-germany-usa-idJPKBN22V053
脚注4:ドイツ語の音声が出ます。
ttps://www.tagesschau.de/multimedia/sendung/ts-37135.html

2020-05-04

第39回、中国から離れつつあるドイツ、その2

417日に第37回を出してから約二週間経ちましたが、ドイツの出方は大体定まったようです。

その原稿をアップロードした直後の417日にフランスのマクロン大統領のかなり過激なコメントが報道されました。フランスのAFP通信からの「中国のコロナ対応『ばか正直に信じてはいけない』、マクロン氏」という記事です(脚注1)。このタイトルで内容はほぼ尽きています。これで完全に潮目が変わりました。この原因として考えられるのは、「中国は仏にマスク10億枚と引き換えにファーウェイ設備導入提案」をしたという話です。これについては中国サイドは否定したようですが(脚注2)、やはりその交渉が事実でありそれでマクロン氏の怒りを買ったと考えれば筋は通ります。

ドイツはどうかというと、今度はメルケル首相から談話が出ました。やはりフランスのAFP通信からの20日の日付の「メルケル氏、中国に『透明性』要求 コロナめぐり欧米が圧力強める中」という記事から引用します。「メルケル氏はベルリンで記者会見を開き、『中国が新型ウイルスの発生源に関する情報をもっと開示していたなら、世界中のすべての人々がそこから学ぶ上でより良い結果になっていたと思う』と述べ、流行初期の情報をもっと開示するよう中国に求めた。」(脚注3)
もっとも、この発言自体はそれほど強いものではなかったのではないかと想像しています。マクロン大統領に比べれば表現は穏当ですし、とりあえず中国寄りの姿勢を中立にした程度でしょう。とは言え、状況によっては中国批判に転じるための一歩とはなりました。
 
今度はEUレベルでの報道です。まずニューヨーク・タイムズが27日に「EUが中国政府関係者らからの圧力を受けて先週、虚偽情報の動向に関する定期報告書の公表を延期し、最終版の表現のトーンを弱めたと報じ」、そしてAFP通信が28日に、欧州連合(EU)がこれを否定したと報じました(ここまでの部分については脚注4を参照)。この件の続報はドイツ語のメディアで複数取り上げられています。27日付のウェルト紙によると、「金曜日に発表されたレポートにおいて、EUは特にロシアおよび中国に対して、意図的に誤解を生じるような情報または間違った情報を広めていると非難している。」(脚注5)ちなみに第37回で取り上げたように、このウェルト紙は中国の当局者が独政府関係者に中国寄りの発言をするよう働きかけたことを報じています。

ということで、ドイツ、フランス、EUのレベルで、中国が政治工作を仕掛けてきているということが共通認識となり、そしてそれを警戒するという点で一致を見ました。灰色を白にではなく黒を白にというレベルでの工作が伺われます。もちろん、こんなことはどこの国でもやっていることでしょう。しかしこうまで白日の下に曝されてしまうのは珍しいです。
アジア諸国で中国が裏工作を仕掛ける場合は、相手は大国の中国だからということもあり、それぞれの国は裏工作があったという事実については内緒にしているのではないでしょうか。そしてこのやり方がフランスやドイツには通用しなかったのでしょう。私の業務上の経験でも、日本的な根回しを嫌ってドイツ人サイドが大っぴらな話に持ち込むというケースは見たことがあります。ビルト紙がビデオレターの形式で徹底的に中国を批判したのも、一定の条件が整うと公開討論を始めるという意味では共通しています(脚注6)。また、本音の部分でドイツやフランスは中国を本物の大国とは見なしていないということもあるはずです。

そして今やトランプ大統領から、中国から如何に賠償金を取るかという問題が提起されています。ドイツについてはメディアレベルのところで止まっていますが、EUベースで検討していくのではないでしょうか。

やはりドイツはNATOEUの一員であり、特に有事の際にはこの関係に強く影響されるというのが感想です。ブレグジットの直後ということもあってフランスと歩調を合わせざるを得ず、また幾らトランプ大統領がドイツで不人気でも同盟関係を壊すわけにはいかないということです。特にマクロン大統領の怒りはドイツの中国離れにとって決定的でした。
(この記事は54日に出しましたが、522日に若干加筆修正しました。)

脚注1ttps://www.afpbb.com/articles/-/3279027
脚注2ttps://www.recordchina.co.jp/b788087-s0-c10-d0054.html
脚注3ttps://www.afpbb.com/articles/-/3279524
脚注4ttps://www.afpbb.com/articles/-/3280822
脚注5、以下から日本語に訳出:
ttps://www.welt.de/politik/ausland/article207553471/Corona-Krise-Unter-chinesischem-Druck-eingeknickt-EU-weist-Vorwuerfe-zurueck.html

脚注6ttps://s.japanese.joins.com/JArticle/265019?sectcode=A00&servcode=A00