先週の金曜日からレストランとカフェが復活し、私も再び通い始めました。最近は天気もいいです。このこと自体はとても喜ばしいのですが、街行く人々の警戒心の緩みは明らかです。当面の山場は六月以降のヨーロッパ各国での国境制限解除でしょう。
さて、「中国から離れつつあるドイツ」という題名で二度出しました(4月17日と5月4日)。この観点から見て印象的だったのは、AFP通信の5月10日の次の記事です(脚注1)。「独BMW、中国・瀋陽市の新工場に44億元投資へ」。この表題を見た時には、BMWはこんな時期に中国での新工場建設を計画したのかと受け取りました。ところがこの記事をよく読むと、「新工場の本棟」の建設とあります。そもそもこれは中国の新華社通信の記事の転載で、そしてこのメディアはトランプ大統領が「報道機関ではなく中国政府の政治活動団体と一方的にみなしている」通信社です(ウィキペディアの「新華社」を参照)。
そこでドイツ語の情報を探したのですが、ドイツの新聞社の記事としては発見できませんでした。その代わりに今度は人民日報のドイツ語版の5月14日の記事にたどり着きました(脚注2)。見出しを訳すと、「BMW中国、パンデミックにも関わらず急速な発展」となります。これによると、この話は既に存在している工場の拡張工事でした。この記事の冒頭を訳出します。「COVID-19のパンデミックとそれに伴う景気後退という背景のもとに世界中の工場が操業を停止した。 しかしBMWグループは別の道を歩んでいる。同グループは中国でのプロジェクトを決然たる態度で継続している。 このBMWの信頼はどこから来ているのだろうか。」そして後半には、瀋陽市そしてそこを含む遼寧省政府が全面的にバックアップしてきたとあります。その結果としてBMWと中国企業の合弁会社である華晨BMWのCEO、ヨハン・ヴィーランド博士は、「パンデミックとの戦いでの中国への勝利に信頼を寄せるようになった」とまとめています。これでは自画自賛です。ヴィーラント氏に取材してこの言葉を語ってもらうべきでした。
「新工場の本棟」を建設することによって全体を拡張するということですから、やはり以前から決まっていた計画であることが窺えます。それをこの期間に急遽決まった新計画であるかのように読ませようとしています。ここに中国の焦りが見て取れます。上記のAFP通信の記事には、「BMWの自動車販売台数が最も多い国は中国となっており、19年には72万台を販売した」とあります。以前のドイツならばどこかの新聞社がこの件についてしっかりと取り上げ、これでまたBMWの中国市場における更なる成功が期待されると報道したかもしれませんが、今はそれどころではないということでしょう。
今度はドイツ側です。まずはロイター通信の日本語版の記事で、日付は18日です(脚注3)。「ドイツ人の対米感情、新型コロナ契機に悪化=世論調査」という見出しで、主要部分は次の通りです。「調査は1000人のドイツ人を対照に実施。その結果、回答者の73%が新型コロナをきっかけに対米感情が悪化したと回答。一方、中国に対する感情が悪化したとの回答は36%だった。」実に興味深い調査結果ではあります。イギリスの通信社であるロイターがアメリカについて取り上げたこの記事は、ドイツのベルリン発となっています。そこでイギリス版、アメリカ版さらにドイツ版のロイターの記事の中にこれに該当するものがあるかと調べてみたところ、残念ながら見つかりませんでした。私の誤解でない限りでは、この記事のニュースバリューについてのロイター通信自身による低い評価がここから透けて見えます。特にこのパーセンテージはどの程度正しいのかが疑問です。
この記事には「中国との関係強化を望んだ回答者は36%で、前回の24%から上昇した」という文面もあります。これについては、その雰囲気を感じることのできる報道がありました。5月17日午前10時のドイツ公共放送ARDのニュースです(脚注4)。「コロナウイルスへのドイツの反応」という項目で、ドイツの二つのメディアの記事をこのARDが紹介するというものです。かいつまんで言うと、ドイツはコロナウイルス発生の初期段階で過小評価していた、中国の情報政策が不十分ということもあったが、ドイツ政府は一週間早くロックダウンするべきだったということです。これはもちろんドイツ政府の対応への批判ですが、しかしうがった見方をするならば、中国に対してそっちも遅かったけれどこっちも遅かったと言っているようにも取れます。つまり、一番の要因は中国で次にドイツ政府という言い方には聞こえ難く、どちらかと言えば喧嘩両成敗になっています。したがって、中国政府および中国との利害関係の強いドイツ人への忖度が想像されるわけです。
このように見ていくと、先のロイターの記事はある程度正しいと思います。反米親中のドイツ人が増えている可能性はあります。ここまでドイツは中国との結びつきで経済的に成功してきたので、トランプ大統領がそのシステム全体を壊そうとしていると危惧するドイツ人は少なからずいるでしょう。もっとも私としては、そのシステムを含む世界全体のシステムを壊してしまったのがそもそも中国だと解釈していますが。
さて、反米親中のドイツ人の増加をどう考えるかについてですが、一つの方向性は中国依存をせずにドイツが生き残れるビジョンをドイツ人が持てるかどうかでしょう。先のロイターの記事の最後には次のようなまとめがあります。「ケルバー基金の国際問題専門家、ノラ・ミューラー氏は『米国に対するドイツ人の懐疑的な見方が高まっている。これは懸念される傾向であり、米独双方の指導者にとって考えさせられる課題だろう』と述べた。」もしこの意味が、新しいドイツの政治経済システムのイメージを米独双方の指導者がドイツ人に提示できるかどうかということならば、全くその通りです。
もう一つの方向性はドイツの中国依存の継続です。そしてBMW中国の工場拡張についての先の記事の中に、そのことを渇望している中国の姿勢がありありと見て取れます。もしヴィーラント氏が中国メディアの取材を拒否していたのならこれは大ごとですが、この点については公開されている情報からはまったくわかりません。いずれにせよ、少なくともパンデミックが収束するまでは民間レベルでのドイツの状況ははっきりしないだろうと想像しています。
ドイツ政府については、この二週間の範囲では対中国という文脈で目立った動きは感じられませんでした。フランスの場合はマクロン大統領が中国からの要請を蹴って台湾に兵器を売却したという事例があります。ドイツとフランスを中核とするEUがキャスティングボードを握る可能性が高いこともあり、現状のドイツは、アメリカと中国との対立において一番いい条件で勝ち馬に乗ることを目指している印象です。
(元々この記事は5月20日に出しましたが、22日に大幅に加筆修正しました。)
脚注1:ttps://www.afpbb.com/articles/-/3282287
脚注2:ttp://german.people.com.cn/n3/2020/0514/c209065-9690534.html
脚注3:
ttps://jp.reuters.com/article/health-coroanvirus-germany-usa-idJPKBN22V053
脚注4:ドイツ語の音声が出ます。
ttps://www.tagesschau.de/multimedia/sendung/ts-37135.html