世界時計

2021-01-18

第48回、ドイツにとっての次期アメリカ大統領

目次

1、初めに

2、公文書から見るこの数日間のアメリカの動き

3ドイツのメディアによるトランプ大統領の評価

4ホワイトハウス乱入についての評価

5、ドイツのメディアに対する通信簿

 

 

1、初めに

やるべきことが山積みなのに相変わらずアメリカの情勢が気になって仕方ありません。120日は場合によっては数百年に一度のイベントになるかもしれないと思うと、一文にもならないのに情報集めに没頭してしまいます。そしてこの件のドイツにとっての重要度に思い至り、ますます他のことに手がつかなくなりました。もうこの際だからここに書いて気持ちを切り替えるということにしました。

ちなみに、私にはアメリカでの生活経験はありません。もちろんアメリカの政治の専門家ではありません。そこのところを最初にご理解ください。

 

2、公文書から見るこの数日間のアメリカの動き

 運命の16日が過ぎ、日本でもドイツでも次期大統領はバイデン氏に確定したことになっています。しかし、この数日間の動きを観察すると、とてもそんな風には思えなくなります。以下では、単なるネットの書き込みのみならずメディアによる報道も割愛し、純粋にアメリカの公文書だけを簡単に確認して行きます。

 111日に、アメリカの選挙介入に関する大統領令13848にウクライナ人の名前が追加されました(脚注1)。そして115日にはFBIの公文書(脚注2)において選挙介入に関するイランのサイバー工作員の活動への言及がありました。またバイデン氏の息子のハンター・バイデン氏についてはアメリカ上院委員会の公文書(脚注3)でウクライナ問題と人身売買についての疑惑が指摘されました。他にも中国関連でのアメリカ政府の厳しい態度の表明やオバマ前大統領に関する情報開示などがありました。

 野球で例えると、バイデン氏は30でトランプ氏をリードし、9回裏ツーアウトのツーストライクまでは辿り着いたものの、何となく塁が埋まっているというのが私の印象です。もしバイデン投手がホームランを打たれたら逆転サヨナラ負け、また致命的なアクシデントがあれば没収試合になるかなという感じです。

 この場合は世の中がひっくり返るのではないかという予感がします。もしすんなりバイデン氏が次期大統領に就任するとしても、最初からノックアウト状態でしょう。

 特にドイツにとっては、トランプ大統領がホームランを打ったり、または代打として登場したアメリカの軍部がサヨナラアーチをかけたら、大変なことになりそうなのです。

 

3、ドイツのメディアによるトランプ大統領の評価

 以下は純粋に私の印象に過ぎません。

日本とドイツに共通することとして、オバマ前大統領とドイツのメルケル首相は人道主義で知性的、トランプ大統領は利己主義で野卑というのがメディアの多数派による評価ではないでしょうか。それでも日本には産経新聞とそのグループの夕刊フジ、ニッポン放送がありますが、ドイツにはそこまで積極的に保守派の主張を伝えるメディアは無いです。このことはドイツのメディアに中国批判が無いという話にもつながりますが、ここではそれには触れません。それはともかくとして、更に付け加えると、私の知る限りドイツには日本の2ちゃんねるや5ちゃんねるに対応するネット空間はありません。こうしてドイツは多くの場合にメディア推奨の「正しい考え方」によって統一されています。

さて、オバマ前大統領はドイツでも人気があります。“A Promissed Land“という同氏の回顧録は、日本では今年出版される予定ですが、ドイツでは2020年のノンフィクション部門での一位というベストセラー作品となりました。

トランプ大統領についてのいい評価をドイツの新聞で読んだ記憶は、残念ながらありません。むしろトランプ氏がそういう人間であるということを前提にしながらニュース解説をしているケースはありました。「第43回、ドイツの情勢、その1」ではドイツ第一放送ARDの夜8時からのニュース番組ターゲスシャウを取り上げました。その時には、四番目か五番目の項目として、トランプ氏が大統領選での自分の人気取りのことを考えて急にマスク着用を義務付けたと説明し、その後で在ヒューストンの中国総領事館閉鎖命令について報道しました。したがって大部分の視聴者は、この閉鎖命令の原因を、トランプ大統領が自分の気に食わない中国に対して感情的に対応した結果と見なしたでしょう。

ついでにバイデン氏について触れておくと、これは日付を確認していないのですが、別の日の同じくターゲスシャウで、バイデン氏は道徳的な人物であると評する如何にも温厚そうなアメリカの老婦人へのインタビューを流していました。

 

4、ホワイトハウス乱入についての評価

まずはBBC日本版の記事を取り上げます。116日付の「米議会襲撃、FBIがこれまでに逮捕した人々」(脚注5)です。議事堂に侵入した犯人として「左翼活動家ジョン・サリヴァン容疑者」について比較的長めに説明しています。(ネット上の一部ではこの件がCNNとの関連なども含めて大きな問題になっていますが、ここではそれは取り上げません。)あとは「極右団体」の逮捕者や「非番警官2人」についての言及もあります。

今度はドイツの日刊紙「ウェルト」の117日付の「インサイドジョブ-アメリカ治安部隊の危険な浸透」(脚注6)という記事から訳します。「ワシントンのアメリカ議会議事堂襲撃事件について明らかになればなるほど、反民主主義や極右思想に感染した治安部隊にアメリカの問題点があることが明確になる。キャピタルポリスのメンバーの数人は、別の場所では彼らの仲間が勇敢に侵入者と対峙している間に、ドナルド・トランプによって扇動された暴徒に共鳴して支援さえしていたという疑惑がある。」そしてアメリカの警察官の忠誠心は「憲法と秩序の維持にあるのか、それともトランプにあるのか」と問題提起しています。更には米軍にもこの話は当てはまると続けます。「安全保障の専門家は、現役の米兵や警察が就任式当日にかえって大統領や副大統領、下院議員の脅威になるのではないかと懸念している。」ちなみに、ジョン・サリヴァン容疑者については触れられていません。

 

5、ドイツのメディアに対する通信簿

さて、野球の例に戻ります。昨年の大統領選挙に対して外国が関係する干渉があったことは上記のように公文書によって確認されました。でもバイデン氏との関係については言及がありません。息子であるハンター・バイデン氏が逮捕されればバイデン氏は大統領としての資格を欠くそうですが、しかし本当に有罪であるという判断はまだ出ていません。このように、トランプチームに点は入っていませんが、塁上にはランナーが埋まっていると言っても過言ではないでしょう。

トランプ大統領がホームランを打つ場合、ドイツでは「あのトランプはとうとうクーデターをやらかした」という非難一色になるでしょう。また、ネット上の一部にはすでに米軍による軍事オペレーションが展開しているという説も出ています。代打の米軍によるサヨナラホームランの場合は、「『ウェルト』紙の記事がその通りになってしまった」という大勘違いとなります。何しろドイツのメディアでは上記の公文書の話は皆無であり、そしてトランプ大統領はこのようにとんでもない人としてのみ認知されています。したがって、何か事件が起こるならばそれはトランプ大統領が愚かだからだという解釈以外はもうあり得ないのです。

そしてこの次の段階としては、批判的精神の点では誰にも負けないというドイツ人の自尊心がかなり微妙になり、メディアは立ち場を失うでしょう。これに加えて中国崩壊などということになれば茫然自失しかありません。もっとも、この点についてはメルケル首相はしっかり舵取りできると思います。前回の「第47回、中国から離れつつあるドイツ、その6」で指摘した通り、対中国と言う文脈で例えば日本とも軍事レベルでの協力を確認し合っています。ところがこのこと自体が大多数のドイツ人の関心の外にありますが。

果たしてどうなることやら。

2021118日)

(補足:ドイツ時間で19日に、抜けていたBBCのリンクを追加し、一部の表現を変えました。2ちゃんねるや5ちゃんねるの話も加えました。)

 

脚注1:アメリカ財務省

ttps://home.treasury.gov/policy-issues/financial-sanctions/recent-actions/20210111

脚注2FBI

ttps://www.ic3.gov/Media/Y2021/PSA210115

脚注3:アメリカ上院委員会、「ハンター・バイデン、ブリスマ、そして汚職。米国政府の政策への影響と関連する懸念」

ttps://www.hsgac.senate.gov/imo/media/doc/HSGAC_Finance_Report_FINAL.pdf

但し、このPDFファイルは87ページあります。これの要約が次の記事にあったので、私はそのファイルではなくこの記事を読みました。

ttps://headlines360.news/2021/01/15/hunter-biden-burisma-and-corruption-report/

脚注4:ドイツ語の音声が出ます。

ttps://www.tagesschau.de/multimedia/sendung/ts-38207.html

脚注5BBCですが日本語の記事です。

ttps://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-55671803

脚注6:原文はドイツ語です。

ttps://www.welt.de/politik/ausland/article224408412/Joe-Bidens-Inauguration-Angst-vor-Unterwanderung-der-Sicherheitskraefte.html?cid=onsite.onsitesearch

 

2021-01-12

第47回、中国から離れつつあるドイツ、その6

目次

1、初めに

2、前回までのおさらい

3岸防衛大臣とクランプ=カレンバウアー独国防大臣の連携

4EU中国投資協定

5、現時点では大きな変化は無し

6今後の展開

 

1、初めに

明けましておめでとうございます。

2箇月半ぶりとなりました。色々な締め切りを抱えているというのが言い訳です。

今から数時間前のこと、日本語のまとめサイトでアメリカのポンペオ国務長官の会見のことを知り、E.O.13848という大統領令らしきものが話題になっていることを確認しました。どう見てもこれから数日でドイツの立ち位置が変わりそうなので、その前にどうしても書いておかなければならないという気になりました。(ちなみにドイツの報道は日本の報道と基本的に同じで、例えばアーノルド・シュワルツェネッガー氏のトランプ大統領批判が非常に好意的に受け止められています。)

本当は他に書きたいテーマが幾つかあるのですが、結局、義務感を多少なりとも持っているのを優先しています。自分の書きたいことを自由に書くという方針にしてもこうなので、これが自分の性分なのだと苦笑しながら書いています。

 

2、前回までのおさらい

 詳しくは「第46回、中国から離れつつあるドイツ、その5」を参照していただくとして、その内容を簡単にまとめておきます。引用箇所についてもそちらに指摘してあります。

 722日が一つの転機でした。中国と距離を取るときにはマース外相が談話を出し、メルケル首相は決して中国に対して厳しい批判をしないという役割分担が明確になりました。

 92日には「インド太平洋ガイドライン」が出ました。これは中国と距離を取る方向の発表で、マース外相が前面に出ています。

 914日にはビデオ会議形式でEU中国首脳会談が開催されました。「人権、気候保護、『安全保障法』」という観点からの問題提起が中国に対してなされ、メルケル首相にとっての悲願であるEU中国間の投資協定締結が延期となりました。2020年下半期はドイツがEU議長国であり、メルケル首相はその議長として出席していましたが、このときにも中国を直接批判したということはなかったようです。

 106日にはメルケル首相と安倍前総理の電話会談がありました。これは産経新聞のスクープで、「日本が提唱する『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けた連携」に関する意見交換があったようです。メルケル首相から提案された電話会談において中国の嫌がることをメルケル氏が安倍前総理に話したとすれば、これは方向転換かもしれないと理解しました。

 この時の私は、国家存立の基盤となる安全保障の面と、その上に成り立つ政治経済の面とを分けて考え、次のような仮説を立てていました。ドイツにはNATOEUを脱退するつもりは毛頭なく、したがって何があろうとアメリカや日本に宣戦布告をすることはない。そうであるが故に政治経済の面では日米双方を完全にライバル視して争い続ける。(喧嘩するほど仲がいいという言い方もできますが、この友人と殺し合うことはないという安心感と表現するときな臭くなります。)そしてそれらの関係からは完全に外れる中国と手を組む。ところが、もしドイツと中国の間か、または米中間やEU中国間に安全保障上の問題が生じるならば、ドイツは中国から離れざるを得ない。

 ここまでが前回のまとめです。

 

3岸防衛大臣とクランプ=カレンバウアー独国防大臣の連携

 まず1110に岸防衛大臣とクランプ=カレンバウアー独国防大臣との間でテレビ会談が行われました。日本の防衛省のサイトから引用します(脚注1)。「両大臣は、東シナ海・南シナ海を含む地域情勢について意見交換を実施し、引き続き緊密に連携していくことを再確認し」、そして「法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序が重要とのメッセージを明確に発信していくことで一致」。新型コロナウイルスに関する「結束した活動」の実施。そして「岸大臣から、先般ドイツが発表した『インド太平洋ガイドライン』を歓迎し、高く評価するとともに、同地域におけるドイツのコミットメント強化への強い期待」の表明。これらが実質的な内容です。

 そして12月中旬に動きがありました。1213日付の時事通信の記事から引用します(脚注2)。「ドイツのクランプカレンバウアー国防相は12日までに、時事通信の書面インタビューに応じ、日本やオーストラリアなどインド太平洋諸国との連帯を示すため、独連邦軍のフリゲート艦1隻を近くインド太平洋地域に派遣すると表明した。また、中国の南シナ海での領有権主張に強い警戒感を示し、自衛隊やインド太平洋諸国の軍隊と共同訓練を行う可能性にも言及した。」

 1215日にはコンラート・アデナウアー財団の主催によるインド太平洋問題をテーマにした一連のバーチャル会談が実施され、両氏の会談によって締めくくられました。これについてはドイツ連邦国防省のホームページに記事があるので、ここから訳出します(脚注3)。冒頭にはこうあります。「ドイツは特にインド太平洋地域において、日本と安全保障の分野で緊密に協力していくことに関心を持っています。」「価値観のパートナーシップの強調」という点ではクランプ=カレンバウアー国防相が価値観の共有を強調し、『インド太平洋ガイドライン』について議論したそうです。インド太平洋地域へのドイツ艦船の派遣は検討中だそうです。「デジタル化への協力」というテーマでは、「東シナ海の紛争や北朝鮮がもたらす核の脅威など」を含む地域の安全保障について取り上げ、サイバー防衛や軍隊のデジタル化での両国の協力について討論したそうです。

 私としては、この一連の動きは安倍前総理とメルケル首相の電話会談から続く流れではないかと想像しています。岸防衛大臣は安倍前総理の弟にあたり、クランプ=カレンバウアー国防相は元々メルケル首相の秘蔵子のような存在らしいので、偶然だとしても代理関係がしっかり成立しています。そして、少なくとも表向きは中国の嫌がることにメルケル氏がタッチしないという方針通りです。ということで、10月の段階の延長線上にあるとは言えるでしょう。

 

4EU中国投資協定

 1230日に合意がありました。同日の午後1135分に放送されたドイツ国営第一放送ARDによるニュース番組のターゲステーメンから訳出します(脚注4)。その中では市場参入、平等な競争条件、そして環境、気候、労働者保護などの点での持続可能な発展という三つが項目として示されています。これは「大成功だ」という発言もあれば、「これはしょせん人権についての合意ではなくビジネスの合意にすぎない」とか、「ウイグルでは50万人が強制労働に置かれている」からこの合意に反対するというコメントも映像の中にありました。 

 

5現時点では大きな変化は無し

 基本的には流れは変わっていません。中国に対して厳しく当たるというのはメルケル首相以外の人物の担当です。そして安全保障では日米との連携に舵を切り、経済面では中国重視です。

 このように状況には変化がないという理解ですが、上記の投資協定の合意のニュースに接したときに、私の考えの方は変わりました。中国から脱出するという意味でのデカップリングはやはり無いです。

 もしドイツが艦船を派遣しそこから中国に対して砲撃したとしても、それはそれで構わないという考え方になりそうです。この点においてもドイツ流の「自己責任」の論理になるのでしょう。日本式の考え方だと日本政府が企業の中国進出を推奨したのだから政府がケアをしろとか、それらの企業の安全を確認するまでは攻撃するなということになりそうですが、ドイツの場合は基本的には各企業の自己責任になるのではないかということです。この辺は本当は法律的な部分のリサーチが必要ですが、今回はその代わりに推測だけを書いておきます。

 特に今回の投資協定は中国でビジネスをしたいヨーロッパ企業にとっては朗報であっても、それらにビジネスを強制するものではないはずです。したがって、各国政府の立場としては、儲けられる限りは儲けに走り、万が一安全保障の点で問題が起きたら企業の自力脱出を支援するという程度でしょう。今回の協定には中国との戦争を想定した文言は無いと思います。

 そうすると、やはりドイツはこれからも安全保障とビジネスを切り離し、メルケル首相が中国と握手する担当、マース外相やクランプ=カレンバウアー国防相が中国を牽制する担当であり続けると予想します。もし中国との関係が決定的に切れたら、難民問題のときの方向転換のようにメルケル氏の180度の大転換があるでしょう。

 

6、今後の展開

 今この瞬間のアメリカの情勢が全く理解不能です。もちろん日独の大手メディアの情報ベースでは完全に確定していることになっていますが、例の大統領令一つとっても、これからアメリカとウクライナやイタリアの関係がどうなるか、そして特に日米独の関係やそれらと中国との関係がどうなるかは予想もつきません。

個人的には、地球の歴史が変わるレベルの出来事に対して心の準備をしておけば何とかなるだろうと楽観的に構えています。あとは、とりあえず健康で他者との連絡をしっかり取っておけば生きていけます。この「生きる」という言葉の意味が二年前よりも大分重くなったと実感しました。(2021112日)

 

脚注1

ttps://www.mod.go.jp/j/approach/exchange/area/2020/20201110_deu-j.html

脚注2

ttps://www.jiji.com/jc/article?k=2020121300103&g=int

脚注3

ttps://www.bmvg.de/de/aktuelles/sicherheitspolitische-kooperation-mit-japan-staerken-4917856

脚注4:中ほどにある次のビデオ、ドイツ語が出ます。China und EU vereinbaren Grundsätze für gemeinsames Investitionsabkommen

ttps://www.tagesschau.de/ausland/videokonferenz-eu-china-101.html